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入院中まとめ [体]

入院中、何人もの看護師に大変お世話になった。

多くの話をした。


窓から見える山の話。子供の話。看護師さんの話。そういう、病気と関係ない話も、何かをやってくれている時の時間は、気分転換ができた。笑顔も作ることができた。


わたし「医師より看護師の方が患者のことわかっているんですねえ。」

かんごし「あ!それが、私たちの自慢ですよ。患者一人一人違うから、医者は同じように治療するだけだけどね。」もっと、看護師と医師の連携を大切に医師も仕事してほしいなと感じる。看護師が医師に話やすい医師に医師もなってほしい。きっとひとりひとりの患者にベストな良い治療ができるのではないかと思う。


看護師から、悩みを打ち明けられたこともあった。とっても嬉しかった。同じママである看護師の存在も私にとっては励みになった。若い看護師の元気な笑顔も、落ち着いて経験豊富な看護師は安心ができた。感謝しかない。


娘ちゃんは、看護師にお手紙を書いて、渡していた。画像を撮り忘れて残念。

「ママのお世話をしてくれてありがとうございます。看護師になりたいです。なれますか?」

多くの看護師と自分の絵を描いていた。もらった看護師は大変喜んでくれた。

「なれますよ。」と、即答してくれていた。娘はなによりうれしかっただろう。

看護師さんは、同じ病棟の看護師がみんな見れるようにしてくれたそう。他の看護師が、「うれしかったです。」「感激しちゃって泣きそうになりました。」と言ってくださった看護師が何人かいた。あんなものでも喜んでくださってありがたい。

ママ看護師さんが娘に何気に言った言葉も娘にとっては宝物のようだ。

「こんにちは。がんばっているんだねええ。」などなど。「寂しいのにがんばっているんだね。」というと、寂しいという単語で泣いてしまったかもしれない娘ちゃん。さっと言ってくれた言葉は、「なんで頑張っていること知ってるの?」と言っていた。若い看護師さんたちにも優しく声をかけてもらって、看護師という仕事に興味を持った様子だった。

はは「看護師さんは病気を治すお手伝いをしてくれるんだよ。治すのは医者なんだよ。」

むすめちゃん「え、ママの病気を治したいから、医者がいいか。」

はは「まだ、決めなくてもいいよ。仕事はどんな仕事も大変だから、自分が好きな、やりたいと思う仕事探してね。」と伝えた。

今の医療じゃ治らない病気になってしまった。将来ガンになる可能性が高い病気らしい。一生、頭の隅にいれながら生活をする。再入院も必ずありそうな病気である。

金銭的、時間的、娘の将来に支障がないようにしたい。

ストレスの無いように、日常をぼちぼち過ごせるようになりたいと思う。



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これも病室で描いたもの。三人が車に乗るところらしい。退院をイメージしているのかな。車のナンバーも書いてあった。


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寝ているのは私かな?(笑)ハートが上手になってきました。茶色いのは、こたつ。きっと黄色が私、ピンクは娘ちゃんで、お母さんがおうちに帰ってきて喜んでいる様子かなあ。私も、幼少時代に住み込みの母親が帰ってくるのはうれしかったなああ。でも弟が母親にべったりで、母親も弟にべったりで、いつしかうれしさも無くなっていた。寂しいと思わないようになっていた。本当は寂しくても、寂しいんじゃないと思い込んでいた?でも、私には幸い祖父母がいた。祖母はそんな私の気持ちをすべてわかってくれていたなと、今、思う。愛をいっぱいくれた祖母、入院中に、消灯の度に願う『夢に祖母が出てきてくれますように。』一度も出てこなかった。しかし、感謝しかない。私が結婚したのも、子供を産むことにしたのも、祖母が育ててくれたから。両親だけだったら、結婚も子供も産まなかっただろう。産まれてから多くの大人、友達に出会って、私がいる。こうして今ある家族に支えられて私がいる。感謝しかない。


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入院中の出来事10 [体]

飲みきりの薬が飲み終わると、次から次へと全身にできる。やっぱり、薬が終わったらひどくなってるし。

その後、順番になくなっては湿疹ができたりした。

腕は晴れたままで曲げることもできない。足も太ももまで腫れて曲げるのもむつかしかった。

足が太くなっているのに、看護師には腫れていると思ってもらえなかったり・・・

わたし「足もむくんでいるんです。」

主治医「そうなの?失礼。」足を指で押さえる。「んん。少しむくんでるかな。」

私にしてはパンパンなのだ。


毎日シャワーに入れてもらい、全身に薬を塗ってくれる看護師。

私って、この年で看護師に世話になってシャワーを浴びるようになったことに落ち込む。

多くの看護師がいるが、同じ人に当たると、ココが良くなっているよ。とか言ってくれる。


夜、寝るときになると更に全身かゆい。夜中も看護師を呼んで薬を全身に塗ってもらう。

オイルがいっぱいなのか?服もドロドロになる。痒みが落ち着いて寝れる日が続いた。


何週間かかかったが、腫れも引いてきた。

何週間かかったか、湿疹もすこしづつましになってきた。

何週間かかったか、水疱から臭い黄色い汁がでて、シーツを汚した。

何週間かかったか、水疱など手と足の皮は分厚い硬い皮に覆われていった。

何週間かかったか、手は固い皮膚がはがれ始めた。無理にはがそうとしていたい毎日。


年明けに、いつ退院しようかと話すようになった。


足の水疱はまだプヨプヨしていて、臭い汁が出ていた。退院が一週間後に決まって、歩行訓練が始まった。

包帯ぐるぐる巻きにして、松葉づえで歩こうとしたが無理だった。看護師が歩行器を支えてくれて廊下を歩いた。私にとっては感激だった。

私「二足歩行してる。」

廊下を歩いていると、お世話になった看護師が声をかけてくれる。

かんごし「○○さん、すごい、歩いてる。」

何人かの看護師に言われる。

歩行訓練が終わり、私は水疱が破けて乾くと包帯がくっつくし、外すとお願いする。

外すと、黄色い臭い汁がたくさん出ている。看護師は大きな水疱が破けていそうと、残りの汁を少し出してくれる。歩行訓練に、シャワーの時に、こういう時は痛いが、治るのか、足に感覚があることがうれしかった。


あ、腐っていないんだ。私の両手両足。


退院の時には、手の皮膚は固いものはほどんどはがした。細かい水疱のようなものが次から次へとできる。薬をすぐに塗ると、数日でその水疱のようなものは小さくなる。足の水疱はまだまだある。数週間遅れで悪化した足、治るのも遅いのだろう、しかも足の皮の方が厚いはずだ、手よりも時間がかかるだろう。時間がかかってもよい、なくなるより。


かかとで歩く私。家での生活が不安。昼間は一人での生活だ、主人に不安の内容を説明する。

主人は、二週間くらいかけて、仕事と育児と家事の合間に、私の生活を考え準備をしてくれた。一人用のベット、物を置くサイドテーブルなどなど・・・

やっと退院が見えてきた!


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私がお花が好きなことを知っている娘ちゃん。がんばってお花をいっぱい、気持ちいっぱいに書いてくれたのかなと、うれしくなる。


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生活発表会、下の茶色は、保護者の頭らしい。色んな目線から絵を描くんだなあと、想像できるんだなあと思ったのを覚えています。12月に生活発表会があったのですが、私はいけませんでした。運動会の時、娘ちゃんのお遊戯が正面で見れた喜びを思い出します。娘ちゃんも私に気が付き、ものすごく嬉しそうにし、張り切って踊っている姿を思い出すと、行ってあげたかった、ごめんね。という気持ちがこみ上げ泣いた。

わたし「お父さんが、ビデオとってくれて見れるから、楽しみにしているよ。がんばってね。」

むすめちゃん「そうだね。うん、がんばる。」

本当は見に来てほしい、本当は寂しいといいたいだろうに言わない娘ちゃんにさらに申し訳ないと思う。私もそんな幼少期を過ごしたから、本当の自分をしまい過ぎないようにしてほしいなと願う。

看護師は、外出許可医師にもらえますよ。と言ってくれたが主人は、手足も服の袖も通せない、体育館は寒いい、インフルエンザも流行っているからやめた方がいいと言ってくれた。12月上旬の話だった。

こんなにひどくなると思っていなかった時のことである。

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入院中の出来事9 [体]

主人も一生懸命調べてくれている様子だった。お見舞いに来るとプリントアウトした紙を持っている。

しゅじん「今日は、消化器の先生はいつ来るの?皮膚科の診察は何時?」

一緒に診察に行く予定らしい。医師に聞きたいことがあるらしい。

娘ちゃんの幼稚園のバスの時間に間に合わせ、先生にも会いたいのだろう。

先生は午前中は外来だったり、午後も手術だったり、合間に来たり、外来に呼んだりだろう、よって時間はわからない。


消化器の先生は、平日は朝と午後にくる。皮膚科は外来に行く。

看護師が車いすをもって、皮膚科の外来に連れていく。

診察室に入ると、医師はまた、驚く。

医師「あれ?お顔はすごくよくなっていますね?」

しゅじん「そうですねええ。」

わたし「そうですね。」

医師「・・・」観察中

しゅじん「○○の可能性はないですか?」

医師「それはないですね。」

しゅじん「資料によると、画像を見ると似てませんか?」

医師「私も何度か見たことありますが、水疱は違うと思うんです。」

しゅじん「いや、ここに水疱型もあると書いてありますよ。これだと外科的なことは駄目だと書いてあります。皮膚生検していいのでしょうか?」

医師は、主人のもつ書類を見る。

医師「塗り薬で、お顔が短時間で良くなっているので、このまま様子を見ましょう。」


診察は終わった。

私は皮膚生検をすれば、皮膚の方の病名、治療方針が決まるから頑張ろうと思っていた。拍子抜けだった。針を刺したところからひどくなっているため、実際は不安で仕方がなかった。ほっとした気持ちも大きかった。

主人は、傷から腐っていく病気もあったり、いろんな病気を調べて、可能性を先生に聞きたかったようだ。そんな主人の質問に嫌な顔することなく、ちゃんと聞いてくれていた。そして毎回「聞きたいことはありませんか?」と聞いてくるドクターだった。

先生は、良くなっているから様子を見てもいいかと思った様子。


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家族の顔はわかるけど、したのは何だろう??


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病室で描く絵は、三食ボールペンとシャープペンシルだけ・・・

紙いっぱいに書いてくれたんだねええ。お花に包まれているのかなあ。

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入院中の出来事8 [体]

個室に移動し、数日後には少しづつ眠れるようになる。

寝てもすぐに寝る前の感覚に戻りさえている感覚、目を閉じて寝ても次、目を覚ましても瞬きをしただけのように頭がさえていた感覚だったのが、寝起きに少しぼおおおとしている感覚がうれしかった。


もう全身が湿疹だった。


皮膚科の診察に行くと、先生も驚いている様子だった。もう外来に行くとみんなに見られる。本当に苦痛で苦痛で、精神的にも追い詰められていた。


二度目の飲みきりの薬を処方される。

また飲み終わったらひどくなるのではと、不安を医師に伝える。

主人もネットで調べえ、帯状疱疹じゃないかと思ったことを話すが、医師は違うという。

違う理由は、左右できているから。


医師「顔のブツブツは膿だねえ。」

体中の湿疹の種類がなんだか違う。

顔と、体の別の塗り薬がでる。


私はどうなるのだろう。

そして、顔や耳にまで湿疹ができて、生命の不安も感じるようになった。



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お手紙の裏?表?入院中も一生懸命お手紙を書いてきてくれる。



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一見舞いに来ると、私のボールペンで書いてくれたりする。書くことで心が落ち着くのかなあ?寂しさを我慢できるのかな。嬉しかった。


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リボンを描くのがブームのようす。

子供の手紙は純粋でいですね。うれしい。



☆日記☆

少し過去の事ばかりだから、フレッシュな事も残しておこう。そして娘のために残していこうと思う。

今日は三連休の中日、主人と娘はスケートに出かけた。娘ちゃんは産まれて初めての体験!

主人と娘を見ていると本当に仲がいい。本当にうらやましい。娘にとって良い幼少期を送っているように思う。

娘がやりたいと思うことは、主人も向き合ってくれる。もちろんお模様に初めはできなくて、娘ちゃんも泣いたり、ぐずったりすることもある、しかし、それにも感情的になることなく向き合ってあげられる主人もすごいと思う。娘ちゃんはいい父親に出会えて本当に良かったと思う。


娘ちゃんが感じに興味を示したのは二年前。一緒にお散歩をしていて、お祭りの提灯を見て指をさす。

むすめちゃん「あれ何?」

わたし「提灯だよ。お祭りがもうすぐ始まるよおおって知らせてくれる提灯だよ。」

むすめちゃん「何か書いてある。なんて書いてあるの。」

わたし「漢字で『まつり』って書いてあるんだよ。咲希ちゃんのお名前もね本当は漢字があるんだよ。」

むすめちゃん「へええぇぇぇ。どんなもじ?」

わたし「こんど、教えてげるね。」

それから、漢字ドリルに興味を示し、娘の荷物に漢字のスタンプの名前を平仮名と一緒に押してやると喜んでいました。


数日前に、主人が娘の漢字練習ができるように作成し印刷してくれた。書き順まで作って、A4の用紙に漢字で書かれた娘の名前が印刷されていて数字もふられていた。他の数枚の紙は、鉛筆でなぞれるように娘の名前がいっぱい書かれていた。主人は寝る前にテーブルにそっと置いた。


次の朝、娘ちゃんは起きてきてすぐに見つけて喜んでいた。

わたし「パパが作ってくれたんだよ。」

その日にすぐに練習を始めて、数日後には、何も見ないで書けるようになっていた。


やっぱり子供がしたいことをさせるのが一番、興味を持ち始めたのがはじめ時だなと再確認した。

物事って生活すべてにつながっている、学問って生活すべてにつながっていると思う。ここからまた色々広がっていくといいな。幼児のやりたい!に付き合える主人に感謝。そして、娘がうらやましい。


スキーをやりたいといって、今年は3シーズン!私が出かけられないから、スケートになったけど、スケートも以前からやりたがっていたからルンルンで出かけて行った。スキーにもつながっていると思う。

今年はオリンピックイヤー!オリンピック選手がテレビで「高校生から海外でスケートの練習をしていた。つらかったけど自分で決めたことだと頑張った。」という内容とリンクで転ぶ映像がでる。チャンス!

わたし「オリンピックに出るような上手な人もはじめは転ぶのよ。でも頑張って練習したからできるようになったのよ。娘ちゃんも、自分でスケートやる!って決めたんだから、頑張ってくるのよ。娘ちゃんが、やるっていうからパパは連れて行ってくれるんだからね。パパもね、おうちの事に仕事に幼稚園の事って疲れているのにつれて行ってくれるんだよ。」

娘ちゃん「わかった。」

夕方の幼児番組では、ちょうど子供がスケート初挑戦の映像が!

わたし「娘ちゃん!見て!転んでも泣かないで何度も練習してる!お兄ちゃんお姉ちゃんえらいねええ。」

むすめちゃん「私も泣かない!練習する。」

わたし「娘ちゃんも練習したらね、必ずできるようになるのよ。5歳もね、なんでも頑張って練習したらできるようになるのよ。必ずできるようになるの。スキーもいっぱい頑張ったから上手になったじゃない。縄跳びも。ドッジボールもボール取れるようになったんでしょ?スケートもできるのよ。」

むすめちゃん「うん!」

やればできる!という気持ちを忘れないで色々やりたい!って気持ちを忘れないでチャレンジして欲しいと思います。

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入院中の出来事7 [体]

土曜日日曜日と食事を休んで薬を飲んでいたらおなかの調子が良くなった。主治医は私に点滴か食事かと判断を求めた。悩んだ。ここでどうしたらいいのか。主治医が、「じゃあ食事にしてみましょう。となり食事に。「順調にいくことを願っています。」と言った。おなかの調子はその後順調に食事がかわっていった。


皮膚科は、腕の初めにできた水疱はよくなっていった。しかし、足に湿疹が出始め、お腹も広がっていた。

処方された薬を飲み切って終わりの薬。また不安がよぎる。


案の定、薬を飲み終わり数日後には湿疹が増えてきた。腕の水疱が増えたのだ。私の落ち込みもすごかった。また飲みきりの薬を処方された。


主人がお見舞いに来て、四人部屋がとてもうるさいのを気にしてくれていた。本当にうるさいのだ。お見舞いに大勢来て、家にいるかのようにい大きな声で話していたり、自分のカーテンを思いっきりあけて、他の患者を観察し、お見舞いに来てくれた人と大きな声で話す。「大人りは、ここが悪いみたい。お若いのに。小さいお子さんがいて。」などなど、話していたり、「年取るとしかたないわあああ。でも若い方も入院されているのねええ。」なんて大きな声で言ったり。

私は皮膚の見た目が悪くなり、大勢でお見舞いに来てカーテンが開けっ放しで共有のトイレなど行くのも苦痛になっていた。主人がお見舞いに来て、大きな声で会話、電話もはじめた人に怒り出した。

「ここは病院です、静かにお願いします。」などなど、言い出した。驚いた、主人は大きな声を出す人じゃないし、感情的になる人じゃない。そこが素晴らしい人だ。そんな人が、大きな声で言い出したことに驚いた。

看護師に話までしにいって、個室にすると交渉してきた様子だった。しかし、個室が開いていないから、何曜日に個室の人が退院するからと、言われたらしいが、その数時間後に個室に移動になった。


私にとっては、個室は正解だった。


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生活発表会の一コマを書いたつもりの娘ちゃん。緞帳がわかるよ。

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去年の夏あたりから感じに興味が強くなってきて練習中の漢字。興味のあることをドンドンやってほしい。

興味を持った時がやるとき。ヴァイオリン習わせたいなああ。早く私が治さなきゃ。


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